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■ 錆びた鉄と、禁断の吐息

鉄条網に覆われた巨大な監獄。かつては罪人を収容する場所だったが、今はただ、静寂と腐敗が支配していた。外壁に絡みつく蔓は、もはや緑の息吹ではなく、死せる世界を覆い隠す屍衣のようだ。太陽の光も、厚い雲と崩れかけた建造物に遮られ、地上には常に薄暗い陰が漂っている。

この退廃した世界で、リリは生きていた。正確には、「生かされていた」と言うべきか。彼女は、かつてこの監獄を管理していた組織が残した、最後の「収穫物」だった。鉄条網の檻の中で、彼女はただただ、時間だけが過ぎるのを待つだけの存在だった。

しかし、リリは「ただの」収穫物ではなかった。彼女は、この地獄のような監獄に、ある種の「楽しさ」を求めていた。それは、生き残った者たちが、遠い昔に失われた「欲望」という名の炎を、かろうじて燃やし続けるための、ささやかな抵抗だった。

リリの「仕事」は、監視塔の奥深くにある、稼働する数少ないモニターを操作し、監獄内の「活動」を記録することだった。しかし、その「活動」の大部分は、生ける屍となった「ゾンビ」たちの、無意味な徘徊に過ぎなかった。彼らの腐敗した肉体は、かつての人間性のかけらを微塵も残していなかった。

だが、リリは、その無意味な映像の中に、ある「特別」なものを求めていた。それは、彼女自身が「エッチ」と呼ぶ、禁断の愉悦だった。

監獄の深部には、まだ稼働しているいくつかの「個室」があった。かつては、特級の罪人たちが収容されていた場所だ。その個室の一つに、リリは密かに、ある「仕掛け」を施していた。それは、彼女だけが知る、監獄の隠し通路と連動した、特殊な監視システムだった。

リリは、モニターに映るゾンビたちを、ただ漫然と眺めているのではない。彼女は、ある特定のゾンビたちに、「ターゲット」を定めていた。彼らは、他のゾンビとはわずかに異なっていた。それは、彼らが、まだほんの少しだけ、生前の「知性」や「感情」の残滓を留めているかのような、微妙な仕草や表情を見せることがあったからだ。

リリは、その「残滓」を、ある種の「刺激」として捉えていた。そして、その刺激を、さらに増幅させるための「道具」を、彼女は監獄の片隅に隠していた。それは、かつて監獄がまだ機能していた頃の、兵士たちが使っていた、医療器具や、時には検閲のために押収された「禁制品」だった。

リリは、モニターを見ながら、指先でキーボードを叩く。彼女の部屋は、モニターの光だけが唯一の光源だった。その薄暗がりの中で、彼女の細い指が、まるで求愛するかのように、ガラスの表面を滑っていく。

「ああ…もう少し、こっちに来てくれないかな…」

彼女の声は、モニターに映る静止画に、かすかな血潮を流し込むかのようだった。彼女が「ターゲット」と定めたゾンビが、ちょうど個室の入り口付近に差し掛かると、リリは、隠し通路のスイッチを押した。

ゴトリ、と鈍い音が響く。監獄の鉄格子が、ゆっくりと、しかし確実に、下へと降りていく。それは、ターゲットのゾンビを、外界から隔離し、リリの「遊び場」へと誘い込むための、精巧な仕掛けだった。

ターゲットのゾンビは、突然の閉鎖に戸惑うかのように、ゆっくりと首を傾げる。その、わずかに残された知性の残滓が、リリの心をくすぐる。

「そう、そうだよ。もっと、戸惑って…」

リリは、モニターに映るその姿を、まるで愛おしむかのように見つめていた。そして、彼女は、自身の「道具」を取り出す。それは、鈍く光る金属製の器具。かつては、生々しい拷問に使われたものかもしれない。しかし、リリの手にかかると、それはまるで、愛撫のための細工道具へと姿を変える。

彼女は、モニターを見つめながら、自身の体にも、その「道具」を当てていく。モニターの映像と、現実の感覚が、混ざり合い、リリの退屈な日常に、禁断の熱を帯びさせる。

「ふふ…あなたが、私に、こんな刺激をくれるんだね…」

リリは、ターゲットのゾンビの、わずかな反応に、自身の興奮を重ねていく。ゾンビは、個室の中で、ただ徘徊するだけだ。しかし、リリには、その無意味な動きの中に、ある種の「意思」や「欲求」が宿っているように見えた。

彼女は、モニターに映るゾンビの「性器」を、執拗に見つめる。それは、もはや生殖能力を失い、ただ腐敗していく器官に過ぎない。しかし、リリは、その「失われた機能」に、ある種の「物語」を投影していた。

「ああ、あなたは、かつて、誰かを愛したの？ それとも…誰かに、愛されたの？」

リリの吐息が、モニターのガラスに、白く曇る。彼女の指先が、モニターに映るゾンビの「性器」を、まるで触れるかのように、ゆっくりと、しかし執拗に撫でていく。

「私には…もう、何も残っていない。ただ、この空虚な体だけ…。でも、あなたなら…私に、何かを、残してくれるかもしれない…」

リリは、自身の指先で、自身の「性器」を、ゆっくりと、しかし執拗に、撫でていく。モニターの映像と、現実の感覚が、激しくぶつかり合い、リリの体は、次第に震え始める。

彼女は、モニターの画面に、自身の顔を近づける。そして、モニターに映るターゲットのゾンビの「顔」に、自身の唇を、ゆっくりと、しかし執拗に、押し付ける。

「ああ…あなたの、その、腐敗した匂い…それが、私を、満たしてくれる…」

リリの全身から、抑えきれない吐息が漏れ出す。彼女の目は、モニターに映るゾンビの「瞳」に、吸い寄せられるように、一点を見つめている。

「もう、何も、怖くない…。あなたと、一緒なら…」

リリは、自身の「道具」を、さらに深く、自身の体に押し当てる。モニターの画面が、彼女の吐息で、さらに白く曇っていく。

その時、遠くから、かすかな物音が聞こえた。それは、監獄の外から、侵入しようとする「何か」の音だった。

リリは、ハッと顔を上げる。しかし、彼女の顔には、恐怖の色はなかった。むしろ、その瞳には、かすかな「興奮」が宿っていた。

「あら…新しい「おもちゃ」が、来たかしら…」

リリは、モニターから目を離し、窓の外に目をやる。その窓の外には、鉄条網の向こうに、さらに厚い暗闇が広がっていた。

彼女は、再びモニターに目を戻す。ターゲットのゾンビは、相変わらず、個室の中を徘徊している。しかし、リリには、その姿が、まるで「命令」を待っているかのように見えた。

「いいわ…あなたにも、新しい「役目」を、与えてあげる…」

リリは、かすかに微笑む。そして、彼女の指先が、再びモニターのキーボードへと向かう。彼女の「仕事」は、まだ終わっていない。この退廃した世界で、彼女は、自分だけの「楽園」を、創造し続けるのだ。

監獄の奥深く、モニターの光だけが、リリの「欲望」を照らし出していた。その光は、まるで、この死せる世界に、唯一灯る「生命」の炎のように、かすかに、しかし力強く、揺らめいていた。そして、その炎は、やがて、この監獄全体を、静かに、しかし確実に、包み込んでいくのかもしれなかった。