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幸せに続くはずだった夏妃との生活。

だが、それは一本の電話で崩れ始める。

「夏妃さんが弟のパーティーに来ているんだが・・・」

## プライベートサマー

蝉の鳴き声が暑さを増幅させる、真夏の午後だった。陽射しは容赦なくアスファルトを焦がし、空気は重く澱んでいた。僕はベランダの手摺りに肘を掛け、冷えた麦茶を一口飲む。目の前には、夏妃が植えてくれたひまわりが、太陽に向かって大きく顔を上げていた。彼女と暮らし始めて三ヶ月。この小さなアパートは、僕にとって、想像を超える幸福の温室だった。

夏妃は、僕がこれまでの人生で出会った中で、最も眩しい女性だった。笑うと目を細め、小さな鼻を少しだけ赤くするその姿は、どんなに疲れていても心を軽やかにする魔法を持っていた。彼女の優しさは、まるで柔らかな日差しのように、僕を包み込んでくれた。朝は彼女の作るホットケーキの甘い香りが、夜には彼女の温もりを感じながら眠りにつく。そんな日常が、当たり前のように、そして奇跡のように、僕に訪れていた。

仕事から帰ると、夏妃が笑顔で出迎えてくれる。夕食の準備、雑談、そして二人で同じソファに座って映画を見る。それが、僕にとって至福の時間だった。彼女はデザイナーで、繊細な感性と確固たる信念を持っていた。その仕事ぶりは真剣で、時には疲れて眠り込んでしまうこともあったが、その姿さえも愛おしく感じた。

幸せな時間は、いつまでも続くものだと思っていた。

だが、それは、一本の電話で崩れ始めた。

夕飯の支度をしている夏妃に背を向けながら、携帯電話に表示された見慣れない番号に出た。相手は男だった。落ち着いて、しかし、どこか焦燥感を含んだ声で、男は言った。

「もしもし、〇〇さんですか？夏妃さんが弟のパーティーに来ているんですが…」

男の声は、どこか硬かった。パーティー？夏妃は、僕にパーティーの予定なんて一言も言っていなかった。不審に思い、僕は男に質問を繰り返した。男は、パーティーの場所や時間、そして弟の名前を告げた。説明は淡々としていたが、その言葉の端々に、何かを隠しているような、不自然さを感じた。

電話を切った後、僕の頭の中は混乱の渦に巻き込まれた。夏妃は、一体何をしているんだろう？嘘をついたのだろうか？それとも、何か別の理由があるのだろうか？様々な憶測が頭を駆け巡り、僕の胸に不安が芽生え始めた。

夕食は、沈黙の中で進んだ。夏妃はいつも通りの笑顔を浮かべていたが、その笑顔には、どこかぎこちなさがあった。僕は、彼女の言葉一つ一つに神経を尖らせ、何かヒントを見つけ出そうとした。しかし、彼女は何も言わなかった。

その夜、僕は眠ることができなかった。何度も時計の針の動きを確認した。不安は、僕の心を蝕んでいく。そして、ついに決意した。真実を知るために、男が言ったパーティー会場へと向かうと。

パーティー会場は、街はずれの高級ホテルだった。会場内は、華やかで、笑いと音楽が溢れていた。しかし、僕はその喧騒の中で、夏妃を見つけ出すことが出来なかった。焦燥感が増し、何度も会場全体を見渡した。

そして、やっと見つけた。

彼女は、男と、楽しそうに話していた。男は、電話で話した男だった。彼の隣には、見慣れない女性の姿も。

僕の足は、自然と二人のいる方へと向かった。二人の会話は、笑い声と混ざり合って、聞き取れなかった。しかし、夏妃の表情は、電話で聞いた時とは全く違っていた。それは、幸せとは程遠い、苦痛に満ちた表情だった。

彼女に近づき、声をかけた。夏妃は僕を見て、一瞬だけ驚きを隠せない顔をしたが、すぐにいつもの笑顔を取り戻そうとした。しかし、その笑顔は、虚ろで、まるで仮面のようだった。

男は、夏妃の弟ではなかった。彼は、夏妃の会社の同僚で、彼女が密かに付き合っていた男だった。そして、パーティーは、その男の誕生日パーティーだったのだ。

その場では、何も言えなかった。言葉が、喉元で詰まった。全てを理解するのに、少しの時間が必要だった。

その後の時間は、まるで悪夢のようだった。夏妃は、涙ながらに全てを説明した。彼女は、僕との生活に満足していた。しかし、その男との関係を断ち切ることが出来ずにいた。彼女は、罪悪感と葛藤に苦しんでいた。

彼女の説明を聞きながら、僕は、今まで感じていた幸せが、脆くも崩れていくのを感じた。それは、彼女が嘘をついたことではなく、彼女が、僕の知らないところで、別の感情を抱いていたことに、衝撃を受けたのだ。

夏の夜空には、満月が輝いていた。しかし、その光は、僕には届かなかった。ひまわりの花も、今夜は少し元気がないように見えた。

僕たちは、その夜、別れた。

幸せだったはずの夏は、終わってしまった。残されたのは、ひまわりの種と、胸に深く刻まれた、夏の傷跡だけだった。その傷は、きっと、いつまでも消えることはないだろう。  それでも、僕は、いつか、また夏の光を感じられる日が来ることを、願わずにはいられない。