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## 濁流の果て

雨は降りしきり、街灯の光を歪ませる。アスファルトを流れる水は、まるで彼女の涙のように、濁って淀んでいた。名前はユキ。22歳。彼女は今、薄汚れた路地裏に一人佇んでいた。妊娠8ヶ月。大きく膨らんだお腹は、彼女の孤独を際立たせていた。

ユキはゲーム開発会社「クリムゾン・エンターテイメント」で、プログラマーとして働いていた。決して裕福ではないが、それなりに充実した生活を送っていた。しかし、半年前に起きた出来事が、彼女の人生を大きく狂わせた。

それは、会社が開発中の新作ゲーム「R18出産ゲーム」のテストプレイだった。ゲーム内では、プレイヤーは女性キャラクターとなり、妊娠、出産をリアルに体験する。高度なVR技術と、生理的な反応を忠実に再現したシステムは、ユキを圧倒した。

しかし、その体験は、想像をはるかに超えるものだった。ゲーム内の妊娠体験は、単なるシミュレーションではなかった。ユキは、ゲームの中で実際に妊娠したのだ。ゲームの世界と現実の境界線が曖昧になり、彼女は現実世界でも、激しいつわりと、お腹の膨張を感じていた。

会社に相談しても、誰も彼女の訴えを信じようとはしなかった。「バグだ」「ストレスだろう」「気のせいだ」と、冷たく突き放された。ユキは孤立無援だった。彼女は、誰にも相談できず、一人、この事態に対処しなければならなかった。

日々増していくお腹の重さ、激しくなる体の変化、そして、未来への不安。彼女は、まるでゲームのキャラクターのように、操り人形のように、ただただ妊娠期間を過ごすしかなかった。

ある日、路上で倒れたユキは、親切な老婦人に助けられた。老婦人は、ユキの事情を察すると、小さなアパートに匿ってくれた。温かい食事と、静かな空間は、彼女に少しの安らぎを与えた。しかし、老婦人の助けは、長くは続かないだろうとユキは知っていた。

出産が迫るにつれて、ユキの不安は増していった。ゲームのシステムは、出産後の展開について何も教えてくれなかった。無事に赤ちゃんを出産できるのか、そして、生まれた赤ちゃんはどうなるのか。何も分からなかった。

出産予定日。老婦人の見守る中、ユキは、薄暗いアパートの一室で、一人、出産を迎えた。激しい痛みと、恐怖に襲われながらも、彼女は必死に、小さな命をこの世に送り出した。

生まれたばかりの赤ちゃんは、小さく、弱々しかった。しかし、その小さな体からは、生命の輝きが感じられた。ユキは、赤ちゃんを抱きしめ、涙が止まらなかった。

彼女は、ゲームが与えた残酷な現実の中で、唯一の希望を見つけた。それは、彼女の手の中にいる、小さな命だった。

これからどうすればいいのか、まだ何も分からなかった。しかし、ユキは、この小さな命のために、強く生きていこうと決心した。

生まれた赤ちゃんは、不思議なことに、ゲームの中で見たキャラクターとそっくりだった。その小さな指先、小さな足、そして、瞳の輝き。ユキは、ゲームと現実の曖昧な境界面で、新たな人生を歩み始めることになった。

彼女は、この経験を誰かに話すことはできない。しかし、この小さな命を、何よりも大切に育てていこうと決意した。雨上がりの空には、かすかに虹がかかっていた。それは、彼女に、希望の光を投げかけているようだった。

クリムゾン・エンターテイメントは、その後の「R18出産ゲーム」の販売を中止した。しかし、ユキの身に起きたことは、二度と繰り返されてはならない、一つの教訓として、会社内部で共有された。だが、その教訓は、決して表面に出ることはなかった。ユキと赤ちゃんの静かな生活は、街の雑踏の中に、ひっそりと守られていた。


後日談：数年後、ユキは小さなカフェを開いた。穏やかな笑顔で、常連客と話す彼女の姿は、路地裏で一人佇んでいた頃の影を全く感じさせなかった。カフェの片隅には、一人の少年が、静かに本を読んでいた。それは、あの雨の夜に生まれた、彼女の子供だった。彼の瞳には、母親と同じ、強い光が宿っていた。


このカフェの物語は、誰にも知られることなく、静かに、そして、力強く、語り継がれていくことになるだろう。そして、それは、ゲームと現実の境界線を越えた、奇跡の物語として、人々の心に刻まれていくのだ。