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商品ID RJ01045408
タイトル Kowalski
紹介文 ※公式サイトhttps://www.dlsite.com/の商品概要より引用

(作品介紹文章由社團提供) 
サークル名 液態尼古丁
販売日

 

## 虚像の残響

1988年、冷戦の熱がまだ燻るワルシャワ。古びたアパートの一室に、コワルスキーという男が住んでいた。彼の名は、この街のどこにでもいる、ありふれた名前に過ぎない。しかし、その平凡さの裏に、彼はある「仕事」を隠していた。それは、国家の影で、秘密裏に情報を操作し、時には歪曲させること。彼の日常は、冷たいデスクと無数の書類、そして真実と虚偽の境界線上で展開されていた。

コワルスキーは、齢四十を過ぎ、髪にはうっすらと白髪が混じり始めていた。顔には深い皺が刻まれ、その瞳には絶えず疲労の色が滲んでいた。彼に華やかな人生はなかった。大学で歴史学を専攻したが、卒業後すぐに秘密警察(SB)にスカウトされ、そのまま「情報操作」という名の、泥臭い仕事に没頭することになった。彼の才能は、事実を巧みに捻じ曲げ、人々の認識を意図する方向に誘導する能力にあった。それは、時に社会の安定を保つため、時に敵対勢力を貶めるため、そしてまた時に、個人的な復讐のために行われた。

ある雨の降る夜、コワルスキーはいつものように、薄暗い部屋で報告書を読んでいた。窓の外では、雨粒がアスファルトを叩き、街灯の明かりがぼんやりと滲んでいる。彼の机の上には、紅茶の冷めたマグカップ、無造作に積まれた資料、そして、政府の機密文書が山のように置かれていた。その夜、彼が取り組んでいたのは、国内の反体制派の活動を抑制するためのプロパガンダ文書の作成だった。偽の証拠を作り上げ、彼らの行動を「国家転覆の企て」と断定する。それは、彼にとって日常茶飯事の作業だったが、その度に、自身の魂が少しずつ削られていくのを感じていた。

「これで、また誰かが、真実から遠ざけられる…」

彼はため息をつき、インクの匂いが染み付いた指先で、ペンを握りしめた。彼の仕事は、人々を欺くこと。しかし、その欺瞞が、やがて彼自身をも欺くことになることを、彼はまだ知らなかった。

数週間後、コワルスキーに新たな指令が下された。それは、最近になって海外で活動を活発化させている、ある亡命者に関する調査だった。その男の名は「ヤン・コワルスキー」。驚くべきことに、それは彼自身の名前と同じだった。

「ヤン・コワルスキー…」

彼は報告書に目を走らせた。その亡命者は、かつてポーランドの著名なジャーナリストであり、政権批判の急先鋒として知られていた。しかし、数年前に国外へ逃亡し、その後、ポーランドの政治体制を痛烈に批判する書籍や記事を発表し続けていた。そして、最近では、西側諸国と連携し、ポーランド国内に民主化を求める運動を支援しているという情報があった。

コワルスキーは、この奇妙な偶然に、言いようのない不安を感じた。自分の名前と同じ亡命者。それは、単なる偶然なのか、それとも何か裏があるのか。彼は、この調査に、これまで以上に慎重に進める必要があると直感した。

彼は、情報網を駆使し、ヤン・コワルスキーに関する情報を収集し始めた。彼の過去、思想、そして現在の活動。次第に明らかになるのは、かつて彼自身が、このような「虚像」を作り上げ、人々に信じ込ませてきたことと、驚くほど似通った手法だった。ヤン・コワルスキーは、自身の経験や感情を、巧みに文章に織り交ぜ、人々の共感を呼んでいた。それは、コワルスキーが使ってきた「真実を歪曲する」技術とは異なり、より直接的で、感情に訴えかける力を持っていた。

ある日、コワルスキーは、ヤン・コワルスキーが国外で開いた講演会の録画映像を入手した。映像の中のヤン・コワルスキーは、熱弁を振るっていた。彼の言葉は力強く、情熱に満ちていた。そして、その瞳には、コワルスキーが失って久しい、純粋な信念の光が宿っていた。

「自由のために、真実のために、我々は声を上げなければならない!」

その言葉が、コワルスキーの胸に深く突き刺さった。彼は、自身の仕事が、人々の自由を奪い、真実を覆い隠すことであると、改めて痛感した。ヤン・コワルスキーが語る「真実」は、彼がこれまで作り上げてきた「虚像」とは、あまりにもかけ離れていた。

コワルスキーは、次第に自身の仕事に疑問を抱き始めた。彼は、長年、国家のために、人々の心を操ってきた。しかし、それは本当に正しいことだったのか。ヤン・コワルスキーという存在は、彼に、もう一つの「可能性」を示唆していた。それは、真実を語ること、そして、人々の心を解放すること。

しかし、彼の立場は、そんな単純なものではなかった。彼は、体制の一部であり、その歯車を止めることは、自身の存在そのものを否定することでもあった。また、彼の家族、そして彼が守るべきものもあった。その狭間で、コワルスキーは苦悩した。

ある夜、コワルスキーは、ヤン・コワルスキーの過去のインタビュー記事を読んでいた。そこで、彼は驚くべき事実を発見する。ヤン・コワルスキーが国外に亡命した理由の一つに、かつて彼が関わったある情報操作事件があったというのだ。その事件で、彼は無実の市民を陥れるための偽の証拠を作成し、その結果、多くの人々が苦しんだ。ヤン・コワルスキーは、その罪悪感から、体制を批判するようになったという。

コワルスキーは、その記事を読みながら、背筋に冷たいものが走るのを感じた。まるで、鏡を見ているようだった。彼自身もまた、数え切れないほどの「罪」を犯してきた。そして、その「罪」は、いつか彼自身に返ってくるかもしれない。

彼は、決意を固めた。このままではいけない。真実を、人々のもとに届けなければならない。しかし、そのためには、彼自身の「虚像」を壊す必要があった。それは、彼が長年培ってきた、その立場、その能力、そして、そのアイデンティティさえも、投げ捨てることを意味した。

コワルスキーは、秘密裏に、ヤン・コワルスキーの過去の著作や、彼が発表した資料を収集し始めた。そして、その中から、彼が「体制の不正」を暴露するために準備していた、ある重要な情報を見つけ出した。それは、国家が隠蔽していた、ある重大な事件の真相を明らかにするものだった。

彼は、その情報を、ヤン・コワルスキーに渡すことを計画した。しかし、それは、彼自身にとって、極めて危険な賭けだった。もし、この行動が発覚すれば、彼自身もまた、国家の敵とみなされ、消される可能性があった。

コワルスキーは、夜の闇に紛れて、密かに、ヤン・コワルスキーが匿われているとされる場所へと向かった。雨は止み、星が瞬いていた。彼の心臓は、期待と不安で、激しく高鳴っていた。

彼は、目的の建物の前に到着した。そこは、古びた集合住宅で、窓の明かりはまばらだった。コワルスキーは、深呼吸をし、ドアをノックした。

しばらくして、ドアが開いた。そこに立っていたのは、映像で見た、あのヤン・コワルスキーだった。しかし、彼の姿は、映像で見るよりも痩せ細り、顔には深い疲労の色が浮かんでいた。

「どなたですか?」

ヤン・コワルスキーは、警戒しながら、コワルスキーに問いかけた。

「私は…」

コワルスキーは、言葉に詰まった。何を名乗ればいいのか。彼の「仕事」は、決して公にされるべきものではなかった。

「私は、あなたに、あるものをお渡ししたいのです。」

彼は、持っていた封筒を差し出した。ヤン・コワルスキーは、怪訝な顔をしながらも、それを受け取った。封筒の中には、コワルスキーが必死に集めた、体制の不正を暴く証拠が入っていた。

ヤン・コワルスキーは、封筒の中身を素早く確認し、その顔色が変わった。彼は、コワルスキーをじっと見つめ、その瞳には、驚きと、かすかな理解の色が浮かんでいた。

「あなたは…」

彼は、コワルスキーの名前を知っているようだった。もしかしたら、彼は、コワルスキーの存在を、ずっと前から知っていたのかもしれない。

「私たちは、同じような道を歩んできたのかもしれません。」

コワルスキーは、静かに言った。

「私は、あなたの言葉に…、あなたの行動に、影響を受けました。そして、もう、このままではいられないと思ったのです。」

ヤン・コワルスキーは、しばらく沈黙していた。そして、ゆっくりと、コワルスキーに微笑みかけた。それは、疲労の中にも、希望の光を宿した、温かい微笑みだった。

「ありがとうございます。コワルスキーさん。」

その声には、感謝の念が込められていた。

コワルスキーは、その日、自身の「虚像」を壊し、真実の道へと歩み始めた。それは、決して楽な道ではなかった。しかし、彼は、ヤン・コワルスキーという「鏡」を通して、自分自身の中に眠っていた、もう一つの「声」を聞いたのだ。それは、真実を語ること、そして、人々の心を解放することへの、静かな、しかし確かな決意だった。

ワルシャワの街は、依然として冷戦の余波に包まれていた。しかし、コワルスキーの心の中には、新たな光が灯っていた。彼は、これからは、誰かの「虚像」を作り上げるのではなく、真実の「残響」を、この世界に響かせることを誓った。彼の戦いは、まだ始まったばかりだった。そして、その戦いは、彼自身の、そして、この国の、未来を変えていくことになるだろう。

 

 

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