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## 奈落の底の英雄譚

広大なエオルゼアの大地を駆け抜ける一人の冒険者がいた。彼の名は、否、オンラインゲーム内でのハンドルネームは「ダークネスナイト」。漆黒の鎧に身を包み、巨大な両手剣を振るうその姿は、どこか物悲しげで、それでいて力強かった。

しかし、モニターの前でコントローラーを握る男、本名・佐々木健太は、その威風堂々としたアバターとは裏腹に、現実に満たされない日々を送る、冴えない、一言で言えば「キモメン」だった。

都内の片隅にある築40年のアパート。薄汚れた壁、油染みのついたガスレンジ、そしていつもどこか湿っぽい空気。それが健太の日常だった。大学を卒業後、就職活動に失敗し、今はアルバイトを転々とする日々。女性との縁もなく、唯一の楽しみといえば、このオンラインゲーム、「ファイナルファンタジーXIV」だけだった。

ダークネスナイトとしてゲームの世界にログインすれば、彼は英雄になれた。モンスターを討伐し、ダンジョンを攻略し、仲間と喜びを分かち合う。特に、彼が所属するギルド「エデン」のメンバーは、健太にとってかけがえのない存在だった。

ギルドマスターの「ミネルバ」は、知的で頼りになる女性だった。作戦立案やギルドの運営をテキパキとこなし、皆から慕われていた。そして、もう一人の重要なメンバーが「フレイヤ」だった。可愛らしいララフェル族のアバターを使用し、明るく元気な彼女は、ギルドのムードメーカーだった。

ある日、ギルドのチャットでオフ会をしようという話が持ち上がった。最初は戸惑った健太だったが、ミネルバやフレイヤの熱心な誘いに、次第に心が揺れ始めた。彼女たちに会ってみたい、リアルな世界で一緒に笑い合いたい。そんな思いが、彼の胸の中に芽生え始めていた。

オフ会当日。健太は、生まれて初めてと言っていいほど、服装に気を遣った。ヨレヨレのTシャツではなく、何とか見つけた襟付きのシャツを着て、寝癖のついた髪を整えた。しかし、鏡に映る自分の姿は、やはりどこか垢抜けなく、自信を持つことはできなかった。

会場となったのは、都心にあるオシャレなレストランだった。緊張しながら店に入ると、すぐにミネルバとフレイヤの姿が目に飛び込んできた。ミネルバは、ゲーム内のイメージ通り、知的で美しい女性だった。黒縁のメガネが、彼女の知性をさらに引き立てている。フレイヤは、ララフェルのような可愛らしさそのままに、小柄で愛嬌のある女性だった。

「ダークネスナイトさん、待ってたわ！」ミネルバが笑顔で健太に近づいてきた。

「あ…あの、佐々木です」健太は緊張で声が震えていた。

「佐々木さんね。今日は楽しんでいきましょう！」フレイヤも笑顔で健太に話しかけた。

オフ会は、最初はぎこちなかったものの、ゲームの話で盛り上がり、次第に打ち解けていった。健太は、ミネルバやフレイヤと話すうちに、彼女たちの優しさや明るさに触れ、心が安らぐのを感じた。

しかし、楽しい時間は長くは続かなかった。オフ会が進むにつれて、健太は、彼女たちが自分に対して、ゲーム内のアバターとは異なる、どこかよそよそしい態度をとっていることに気がついた。

特に、ミネルバは、健太の外見をじろじろと見つめ、露骨に嫌悪感を滲ませていた。フレイヤも、最初は笑顔で話しかけていたものの、次第に口数が減り、スマートフォンをいじり始めた。

健太は、彼女たちの態度の変化に、心が締め付けられるような痛みを覚えた。やはり、自分はゲームの中だけの存在なのだ。現実の自分は、彼女たちにとって、ただの気持ち悪い男でしかないのだ。

その夜、健太は、自室に戻ると、脱力感に襲われた。オフ会のことを思い出すと、胸が締め付けられるような痛みが押し寄せてきた。彼は、無意識のうちに、オンラインゲームのチャット欄に、自らの虚無感をぶつけるように、書き込みを始めた。

「結局、俺はゲームの中だけなんだな… 現実の俺は、ただのキモメン…」

すると、すぐにフレイヤから返信があった。

「ダークネスナイトさん、どうしたの？ 元気ないね」

健太は、迷った末に、オフ会での出来事をフレイヤに打ち明けた。すると、フレイヤは、意外な言葉を返してきた。

「そんなことないよ！ 私は、ダークネスナイトさんのこと、尊敬してるんだから。ゲームの中での勇敢な姿、いつも助けてくれる優しさ、全部好きだよ」

フレイヤの言葉に、健太は驚きを隠せなかった。彼女は、本当にそう思ってくれているのだろうか。しかし、フレイヤの言葉は、健太の心をわずかに温めた。

その夜、健太は、眠りにつくことができなかった。フレイヤの言葉が頭から離れなかった。彼は、フレイヤに、もう一度会って、自分の気持ちを伝えたいと思った。

数日後、健太は、フレイヤをデートに誘った。フレイヤは、少し戸惑った様子だったが、最終的には、承諾してくれた。

デート当日。健太は、再び服装に気を遣い、できる限り清潔感のある格好で待ち合わせ場所に向かった。フレイヤは、いつものように可愛らしい笑顔で、健太を迎えてくれた。

二人は、街を散策したり、カフェでお茶をしたり、楽しい時間を過ごした。健太は、フレイヤに、自分の気持ちを正直に伝えた。

「フレイヤさん、あなたのことが好きです。ゲームの中での優しさ、明るさ、全部ひっくるめて、好きです」

フレイヤは、健太の言葉をじっと聞いていた。そして、静かに口を開いた。

「ダークネスナイトさん、私も、あなたのこと、嫌いじゃないよ。でも…」

フレイヤは、そこで言葉を止めた。健太は、固唾を飲んで、フレイヤの言葉を待った。

「でも、私は、まだ、現実の恋愛に踏み出す勇気がないの。ごめんなさい」

フレイヤの言葉に、健太は、落胆した。やはり、自分は、彼女にとって、ただのゲーム仲間でしかないのだ。

しかし、フレイヤは、すぐに言葉を続けた。

「でも、私は、あなたのことを、これからも、大切な仲間だと思っているよ。だから、これからも、一緒にゲームを楽しんでほしいな」

フレイヤの言葉に、健太は、少しだけ救われた気がした。彼女は、自分を拒絶したわけではない。ただ、現実の恋愛に踏み出す勇気がないだけなのだ。

健太は、フレイヤの言葉を受け入れ、これからも、彼女とゲームを一緒に楽しむことを決めた。

数週間後、ギルド「エデン」に、新しいメンバーが加入した。そのメンバーの名前は、「アフロディーテ」。美しいエルフ族のアバターを使用し、戦闘能力も高く、すぐにギルドの人気者になった。

アフロディーテは、健太に対して、積極的に話しかけ、親しげに接してきた。健太は、最初は警戒していたものの、アフロディーテの明るさと優しさに触れるうちに、次第に心を開き始めた。

ある日、アフロディーテは、健太を二人だけでダンジョンに誘った。ダンジョンの中で、アフロディーテは、健太に、意味深な言葉を囁いた。

「ダークネスナイトさん、あなたのこと、前から気になっていたの。その強さ、優しさ、全部素敵だわ」

健太は、アフロディーテの言葉に、ドキドキした。彼女は、もしかしたら、自分に気があるのかもしれない。

ダンジョンを攻略した後、アフロディーテは、健太を自分の家に誘った。健太は、戸惑いながらも、アフロディーテの家に向かった。

アフロディーテの家は、高級マンションの一室だった。豪華な家具、美しいインテリア、そして、窓から見える夜景。すべてが、健太の日常とはかけ離れた世界だった。

アフロディーテは、健太をリビングに案内し、ワイングラスを手渡した。

「ダークネスナイトさん、乾杯しましょう。あなたの勇気に」

二人は、ワイングラスを傾け、乾杯した。その後、アフロディーテは、健太に、近づき、甘い香りを漂わせながら、囁いた。

「ダークネスナイトさん、私、あなたのこと、本当に好きよ。ゲームの中だけじゃなくて、現実のあなたも」

アフロディーテの言葉に、健太は、理性を失いかけた。彼女の誘惑に、抗うことができなかった。

しかし、その時、健太の脳裏に、フレイヤの顔が浮かんだ。フレイヤは、自分にとって、かけがえのない仲間だ。彼女を裏切るようなことは、絶対にできない。

健太は、アフロディーテを押し返し、立ち上がった。

「アフロディーテさん、ごめんなさい。私は、あなたとそういう関係にはなれません」

アフロディーテは、驚いた表情で、健太を見つめた。

「どうして？ 私のこと、嫌いなの？」

「いいえ、嫌いではありません。でも、私は、フレイヤさんを裏切ることはできません」

健太の言葉に、アフロディーテは、顔色を変えた。

「フレイヤ… あんなガキ、どうでもいいじゃない！ 私の方が、あなたにふさわしいわ！」

アフロディーテは、激昂し、健太に襲いかかってきた。健太は、必死で抵抗したが、アフロディーテの力は強く、抵抗虚しく、押し倒されてしまった。

アフロディーテは、健太の服を脱がし、自分の服も脱ぎ始めた。健太は、絶望的な気持ちで、目を閉じた。

しかし、その時、ドアが開き、ミネルバが部屋に飛び込んできた。

「アフロディーテ！ 何をしているの！」

ミネルバは、アフロディーテを力ずくで引き離し、健太を庇った。

「ミネルバさん… なぜここに？」アフロディーテは、狼狽した様子で、ミネルバに問いかけた。

「私が来たのは、フレイヤから連絡があったからよ。アフロディーテが、あなたに近づいていることを知って、心配して連絡してきたの」

ミネルバの言葉に、健太は、驚きを隠せなかった。フレイヤは、自分のことを、本当に心配してくれていたのだ。

ミネルバは、アフロディーテに厳しく言い放った。

「アフロディーテ、あなたは、ギルドの規約に違反したわ。今日限りで、ギルドを追放します」

アフロディーテは、悔しそうな表情で、部屋を飛び出していった。

ミネルバは、健太に優しく微笑みかけた。

「佐々木さん、大丈夫？ 怪我はない？」

健太は、ミネルバの優しさに、涙が止まらなかった。

「ミネルバさん、ありがとうございます。フレイヤさんにも、感謝を伝えてください」

ミネルバは、頷き、健太の肩に手を置いた。

「佐々木さん、あなたは、とても優しい人ね。だから、みんな、あなたのことが好きなのよ」

ミネルバの言葉に、健太は、心が温まるのを感じた。自分は、一人ぼっちではない。仲間がいる。信頼できる仲間がいる。

その夜、健太は、フレイヤに電話をかけた。

「フレイヤさん、ありがとう。あなたの優しさに、救われました」

フレイヤは、照れくさそうに言った。

「そんなことないよ。私は、ただ、ダークネスナイトさんのことが、心配だっただけだよ」

健太は、フレイヤの声を聞きながら、これからのことを考えた。自分は、これからも、ゲームの世界で、仲間たちと共に、冒険を続けていこう。そして、いつか、現実の世界でも、誰かを守れるような、そんな人間になろう。

奈落の底に落ちたとしても、希望を捨てなければ、必ず光は見えてくる。健太は、そう信じて、明日への一歩を踏み出した。彼の英雄譚は、まだ始まったばかりなのだ。